――雨が、降る。
 ふとそんな気がし、クリスは歩調を早めた。
 空を見上げても、雨が降りそうな気配はなかったが、それでも足早に宿へと戻る。
「クリスさん、お帰りなさい」
「ただいま、ノエルさん」
 部屋に入るなりに明るい声で出迎えてくれたのは、いい香りを漂わせた焼きそばを持ったノエルだった。
 食べている最中だったのか、口元にソースがついており、奥のテーブルには空になった皿が見える。
 エイプリルはというと、テーブルに並べられた焼きそばを黙々と口に運んでいた。
「トランさんの焼きそば、すっごく美味しいんですよっ」
「台無しのカバの焼きそばなんか、怪しくないですか?」
「食ってみればわかるさ」
「そうですそうですっ」
 嫌そうに眉を寄せたクリスに対し、ノエルが手を引きテーブルへと引っ張る。椅子に座らせると、手にしていた焼きそばをクリスへと渡した。
 何故手に持っていたのだろう、と思ったが、かなりのスピードで平らげていくエイプリルを見て、自分の分を確保してくれていたことに礼を言う。
「ノエルさん、ありがとう」
「作り立てじゃないですが、美味しいですからっ」
 その言葉に、一人足りないことにやっと気付いた。
 あの暑苦しい帽子とローブ姿が、部屋の中に存在していない。
「……トランは?」
「何か用事があるそうで、焼きそば作ったら外に行っちゃいました」
「そうですか」
「気になるのか?」
「そんなわけないだろうっ」
 ニヤリと笑みを浮かべたエイプリルに、クリスは思わず声を荒げた。
 きょとんとしているノエルに何でもないと言って、焼きそばを口につめこむ。
「……う」
 この程度の焼きそばか、と言おうしたが、漂う香りに相応しく味も絶品だった。鼻から抜けるかぐわしいソースの香りがなんとも言えない。
「クリスさん、そんなにいっぺんに食べると喉につまりますよっ?!」
 水を用意するノエルに、エイプリルはフッと小さく笑って焼きそばを食べる手を休めた。
「ノエルはがっつきすぎて、水一気飲みしてたしな」
「えええエイプリルさんっ、それはいっちゃダメです!」
 慌てふためくノエルを見ながら、とりあえず飲み込んでクリスは苦笑する。
「ノエルさん、まだ食べたりないのでは?」
「うっ」
 クリスが食べてる間中焼きそばを見ていた姿を見れば、それはすぐにわかった。
「ノエル、俺の分も食べろ」
「いいんですか?」
「冷めちまっても勿体無いからな。クリスもどうだ?」
 珍しく食べ物を勧めてきたエイプリルにかぶりを振ると、クリスは席を立つ。
「少し出掛けてくる」
「えーっ、帰ってきたばかりなのに、また出かけちゃうんですかっ?」
「すみません。すぐ帰ってきますから」
 エイプリルから焼きそばを受け取りながら驚くノエルに、一言詫びて部屋から出た。






続き物。ヤキソバばっかなのは、おなかが空いていたからです(ぇ